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お茶話 - 2010.10.11 Mon

私は大のお茶好きで、うちに来るお客様にはお手製のメニューからお茶を選んでもらいます。
最近のお気に入りは 伊豆伊東温泉で買ったぐり茶です。香ばしくてついおかわりしてしまいます。
最近中国実装で賑わっている東アジア。
未だに南蛮貿易に縁がない私ですが、今日はお茶の話でもしてみようと思います。

お茶が歴史に登場するのは魏晋南北朝期みたいです。
といってもこの頃のは雑炊みたいなものだったみたいですが。
それから唐の時代には嗜好品として出回ったみたいですが、庶民には高嶺の花だったそうで、
飲める人は少なかったかもしれないです。
ちなみにこの頃日本にもお茶は伝来しました。長崎には日本最古の茶畑があります。
唐が滅びて中国は五代十国時代になります。紛々たる乱離の世と言われる大混乱期に、
お茶は意外にも普及することになりました。

楚を建国した馬殷という人が無類のお茶好きで
安いお茶から高いお茶まで栽培し、茶の栽培で国力をつけたという面白いエピソードがあります。
群雄割拠の時代にそんな面白い立国の仕方があるんですね~w

お茶はやがてヨーロッパに伝来します。
大航海時代にはヨーロッパで緑茶が大ブームとなり、
中国製の茶碗でお茶を飲む貴族達の肖像画ものこされていますね。
お茶はインドを中継地として中国からヨーロッパまで運ばれました。陸のシルクロードに対して、こちらはティーロードと呼ばれています。
やがてお茶はインドでも栽培されるようになるのですが、長い航路での輸送でお茶が発酵し、やがて紅茶が発明されるに及びます。紅茶文化は特に英国で花開きましたね。あんなに料理が微妙なイギリスなのに、お茶とお茶菓子はめちゃめちゃおいしいのは不思議なんですけど。
さて、話はまた中国に戻りますが、五代の後、宋代に隆盛を極めたお茶は、高いものでは国ひとつほどの価値とまで言われる物まで出てきて磁器とともに海外に輸出され、宋の財政を支えました。しかし、宋が滅びて元となり、さらに明代になると茶は冷遇されます。明の初代皇帝が高級品である抹茶を禁止したのです。
そのため中国では抹茶は廃れ、日本に抹茶文化が残ったと言う事です。
明の皇帝は貧民出身だったため、貴族や文化人が嫌いで、嗜好品であるお茶が許せなかったみたいです。明代は芸術・文学・文化にとても冷たい時代だったので非常に残念ですけど。やがて明はヨーロッパと典礼問題で揉めて鎖国の時代に突入します。お茶の供給源を失ったお茶好きがインドに一大産地を誕生させたのかもね。
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